DIY工房IZUMI
この工房では、あなたが作りたいものをお手伝いします。基本的な木工機械がすべてそろっています。さらに、アーク溶接機やプラズマ切断機もあります。木工と金工ができる工房です。

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中学校の社会科の教員を定年退職して、工房の活動を始めました。「体験を通して学ぶ人間の歴史」をテーマに授業をしてきましたので、「楽しいものづくり」の世界がたくさんあります。ここは「あなたが作りたいもの」を作る工房です。そのための機材が整っていますので、ぜひご利用ください。



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板橋の軍事施設跡

2015年8月1日(土)板橋の軍事施設跡を歩く



今日は、この本の著者の黒田涼さんが企画した、フィールドワーク

に参加しました。



img005黒田さん本 


都営三田線新板橋駅に午前9時に集合し、徒歩10分で加賀西公園

につきました。ここには、「圧磨機圧輪」という、黒色火薬を製造

するための巨大な石臼がありました。この方が黒田涼さんです。


P8010017軍都1 






P8010020火薬製造器 



火薬工場では、しばしば爆発事故が起き、亡くなられた人を供養する

慰霊碑がありました。


P8010027軍都2 


この看板に説明が書かれてありました。



P8010022看板 クリックで大きな画像になります。



この公園のそばに、金沢小学校があり、その敷地内に旧陸軍の

星のマークがついた消火栓があります。ここも火薬工場の敷地

だったので、消火栓が設置されていたのです。



P8010040消火栓 


そばには説明の看板がありました。戦時には火薬工場となり、

平和な時代には小学校になる。この場所が二度と火薬工場に

ならないようにと願いました。



P8010043.jpg 



この火薬工場について、黒田さんの著書第6章から以下に引用します。

==============================

「明治維新以後この部品(「圧磨機圧輪」)を手に入れた明治政府は

1876年に、公園を含む一帯にあった金沢藩前田家下屋敷跡に、

火薬製造工場である陸軍砲兵本廠板橋属廠を造ります。この場所を

選んだのは、前田家の屋敷跡が広大だったことと、その中を流れる

石神井川の水力が使えることが理由でした。工場は1882年に

板橋火薬製造所と改称し、さらに1923(大正12)年に

陸軍造兵廠火工廠板橋火薬製造所、1940(昭和15)年に

東京陸軍第二造兵廠(略して二造)となります。当初3万坪だった

敷地面積は、最終的に15万坪にもなり、敗戦まで存続しました。

===============================

今日歩いた範囲は、全敷地跡の半分にも満たないそうです。

猛暑の中、熱中症にかからないように気を配りながらの

フィールドワークでした。戦争をするということは、火薬を作る

ためだけでもこれだけ広大な面積の土地を必要とするのだという

事を、体で感じることができました。流れる汗を拭きながら、

国会で論議されている安保法案(戦争法案)の事を考えていました。

平和だからこそ、この場所が公園になり、小学校になり、マンション

になっているのです。戦争に道を開くような法案を通してはならないと、

改めて思いました。